先日、慶應義塾大学の堅田侑作先生によるオプトジェネティクス(光遺伝学)に関する講演を聴講する機会がありました。
非常に刺激的で、今後の眼科医療の方向性を考えるうえで大変勉強になりました。
以下は、その講演内容の一部をもとに、私なりの理解を交えてまとめたものです。
解釈が多少異なる点があるかもしれませんが、その点はご容赦いただき、今後の医療発展の参考としてご覧いただければと思います。
オプトジェネティクスとは?
オプトジェネティクス(Optogenetics)とは、光で神経の働きを制御する技術です。
神経細胞に「光で反応する性質」を与えることで、光を使って神経の電気信号をON/OFFできるようになります。
この性質を生み出すのが、**微生物や藻類も持つような“光駆動性たんぱく質(オプシン)”**です。
代表的なのは「チャネルロドプシン(Channelrhodopsin)」で、光を受けると細胞膜を通してイオンを流すことができます(出典:Sakai et al., Int J Mol Sci 2022)。
この遺伝子を**AAV(アデノ随伴ウイルス)**に組み込み、硝子体内注射で網膜の神経細胞に届けることで、本来は光を感じない神経細胞を“光に反応する細胞”へと変えることができます(出典:McClements et al., Front Neurosci 2020)。
視覚再生のしくみ
たとえば網膜色素変性症(RP)や加齢黄斑変性(AMD)が進行すると、光を感じ取る「視細胞」は失われます。
しかし、その下にある**双極細胞や網膜神経節細胞(RGC)**には生き残っている部分があります。
この細胞に光感受性をもたせることで、網膜に再び“光を感じる回路”を作り出すというのがオプトジェネティクスの原理です(出典:Kulbay et al., J Clin Med 2024)。
つまり、「壊れたカメラのセンサーを別の回路で再構築する」ような考え方です。
世界初のヒト臨床報告
2021年には、フランスのSahel教授らが、網膜色素変性症の患者にオプトジェネティクス治療を行い、光を感じて物体の位置を認識できるようになったという成果を報告しました(出典:Sahel et al., Nat Med 2021)。
この治療では、**赤い光に反応するチャネルロドプシン「ChrimsonR」**をAAVで網膜神経節細胞に導入し、特殊な光ゴーグルを併用して網膜を刺激しました。
患者は物体の形状を“視覚的に認識できた”と報告され、オプトジェネティクスで視覚を回復した世界初の例となりました。
この成果は、フランス企業GenSight Biologics社のプロジェクトによるものです。
ルクスターナと遺伝子治療の流れ
オプトジェネティクスの基盤となる技術が、AAVを用いた遺伝子治療です。
その臨床応用例として有名なのが、ノバルティス社の「ルクスターナ(Luxturna)」です。
ルクスターナは、RPE65遺伝子変異による遺伝性網膜ジストロフィーを対象とした遺伝子補充療法で、米国では2017年、日本では2023年に承認されました。
この成功により、「網膜へのAAV遺伝子治療は安全に実現できる」という臨床的裏付けが得られたのです。
日本発の挑戦:レストアビジョン株式会社
日本でも、レストアビジョン株式会社(Restore Vision Inc.)がこの領域で注目を集めています。
慶應義塾大学と名古屋工業大学の共同研究から生まれた企業で、堅田先生がCEOを務められています。
同社が開発しているのは、動物型と微生物型のロドプシンを融合した“キメラ型ロドプシン”。
これにより、従来よりも光に対する感度を高め、室内光でも反応できるように設計されています(出典:Katada et al., iScience 2023)。
2023年にはシリーズA資金調達を完了し、AAVを用いた硝子体内注射による治験開始を目指しています(出典:Restore Vision Inc. プレスリリース 2023)。
神経保護とLAC(エルアセチルシステイン)
視覚再生では、光を感じるだけでなく、神経そのものを長く保つことも大切です。
近年注目されているのが、抗酸化物質である**LAC(N-アセチルシステイン)**です。
LACは体内でグルタチオンの合成を助け、酸化ストレスから神経を守る作用が報告されています(出典:Wang et al., Neurochem Int 2020)。
今後、オプトジェネティクスとLACの併用による「神経保護+視覚再生」戦略が期待されています。
光とテクノロジーがつなぐ未来
最近では、イーロン・マスク氏の「Neuralink(ニューラリンク)」のように、脳と電子機器をつなぐ“神経インターフェース”が話題です。
オプトジェネティクスはそれとは異なり、光と生体たんぱく質を使って神経を自然な形で制御する技術といえます。
「微生物の遺伝子をヒトの神経に導入する」という一見大胆な発想ですが、その応用範囲は医療・福祉・神経科学へと広がりつつあります。

まとめ
- オプトジェネティクスは光で神経を制御し、視覚を再建する技術。
- AAVを用いた硝子体内注射で遺伝子を網膜神経に届ける。
- Sahelら(2021)による視覚回復の実例があり、実現可能性が証明された。
- レストアビジョン社がキメラ型ロドプシンで世界に挑戦中。
- LAC(エルアセチルシステイン)など神経保護との併用も今後の研究テーマ。
オプトジェネティクスは、光を使って神経の活動をコントロールするという画期的な技術です。
視覚再生においては、すでにヒト臨床試験でも成果が報告され、日本でもレストアビジョン社を中心に臨床応用が進みつつあります。
今後は、より高感度なロドプシンの開発、神経保護薬との併用、さらには脳レベルでの信号処理技術との融合が進むと考えられます。
主要参考文献
- Sahel J-A et al. Nat Med. 2021;27:1223–1229.
- Sakai D et al. Int J Mol Sci. 2022.
- McClements ME et al. Front Neurosci. 2020.
- Katada Y et al. iScience. 2023.
- Kulbay M et al. J Clin Med. 2024.
- Restore Vision Inc,プレスリリース 2023.
- Wang X et al. Neurochem Int. 2020.








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