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濾過(ろか)手術

現在世界中で行われている緑内障の濾過ろか手術、中でも繊維柱帯切せんいちゅうたい除術について解説します。

緑内障における濾過ろか手術の概要

緑内障は視神経に障害を引き起こし、最終的には視野欠損を進行させる可能性のある疾患です。その治療の中心は眼圧の管理であり、点眼薬、レーザー治療、そして手術が選択肢として挙げられます。緑内障手術の中で濾過手術は、点眼薬やレーザー治療で十分に眼圧がコントロールできない場合、眼圧がコントロールされているにもかかわらず視野障害の進行が抑制できない場合に行われる重要な手段です。現在は濾過手術といっても様々な術式が存在し、比較的低侵襲の術式から侵襲は大きいが眼圧下降に優れる術式が存在します。特に繊維柱帯切除術(Trabeculectomy:トラベクレクトミー)は濾過手術の代表的な術式であり、房水ぼうすいの新たな流出路を作成して眼圧を低下させ、緑内障の進行を防ぎます。


繊維柱帯切除術の適応

繊維柱帯切除術が推奨されるのは、以下のようなケースです。

  • 薬物療法やレーザー治療で眼圧がコントロールできない場合
    • 原発開放隅角緑内障
    • 原発閉塞隅角緑内障
    • 偽落屑緑内障
  • 進行性の視神経障害または視野欠損が認められる場合
  • 先天性緑内障や特定の二次性緑内障(例:ステロイド緑内障)で他の治療法が効果的でない場合
  • 急激な眼圧上昇で視力低下のリスクが高い場合

術式の詳細

繊維柱帯切除術は以下の手順で進行します。(約1時間)

  1. 透明な結膜を切開し、白い強膜を露出させます。
  2. 止血します。
  3. 4ミリ程度の強膜フラップを作成します。
  4. マイトマイシンCという抗がん剤を数分間塗布した後洗浄します。
  5. 眼外から繊維柱帯を切除し、周辺の虹彩を一部切除します。
  6. 強膜フラップを縫合します。
  7. ある程度の房水漏出を確認した後に結膜を縫合します。

術後の管理

術後の管理は手術の成功を左右します。以下のポイントが重要です。

  1. 眼圧のモニタリング 術後早期は頻繁に眼圧を測定し、1か月以内に必要に応じてレーザー処置で縫合糸の調整を行い濾過胞ろかほうの形成を確認します。(これが非常に重要になってきます)
  2. 炎症の抑制 ステロイド点眼薬を使用して炎症を管理します。
  3. 感染症の予防 抗菌薬の点眼で感染を防ぎます。
  4. 術後早期のフォローアップ 術後1週間以内は頻回に外来を受診し、その後は毎週診察、次に1か月毎、経過が良ければ3か月毎に定期的なフォローアップを行います。

術後成績と生存率

繊維柱帯切除術の成功率は患者の状況や術後管理によって異なります。成功の定義は文献によって異なりますが、以下の指標が用いられることがあります。最新の研究のうちのひとつ(例えばGeddeらの2021年の報告)によれば、成功率は以下のように評価されています。

  • 完全成功(Complete Success): 点眼薬を使用せずに目標眼圧に達した場合。
  • 条件付き成功(Qualified Success): 点眼薬の併用により目標眼圧を達成した場合。

以下は代表的な成績の報告例です:

  • 手術後1年の成功率:
    • 完全成功率: 約50-70%
    • 条件付き成功率: 約80-90%
  • 長期生存率:
    • 術後5年では、完全成功率が約30-50%、条件付き成功率が約60-70%とされています(Jampelら. 2012)。さらに最近の研究では、術後10年の条件付き成功率が約50%とされており、特に若年患者や初回手術例で良好な結果が得られる傾向が確認されています(Geddeら. 2019)。
  • 眼圧の改善: 平均的には術前より30-50%の眼圧低下が見られることが多く、目標眼圧を15 mmHg以下に設定した場合も多くの患者で達成可能とされています。
  • 点眼数の減少: 手術前に平均3種類の点眼薬を使用していた患者が、術後は1種類以下に減少する傾向があります(Gedde SJら. 2012)。

術後の合併症

術後には早期および晩期の合併症が発生する可能性があります。

  • 早期合併症
    • 低眼圧:眼圧の過度な低下により脈絡膜みゃくらくまく剥離が生じることがあります。自然に改善することが多いですが、極端に状態が悪くなれば追加処置を行うことがあります。
    • 前房消失:房水流出過多により前房ぜんぼうが浅くなり角膜の内側と接触してしまうことがあります。
    • 前房出血:術中に角膜と虹彩の間に出血することがありますが自然吸収されることが多いです。
    • 悪性緑内障:虹彩より後方に房水が流れ、著明な眼圧上昇が起こります。
    • 感染症:手術直後に感染を起こすことは稀です。
    • 視力低下:手術直後から視力が低下します。術後数か月で徐々に回復してきますがその程度は症例により異なります。
  • 晩期ばんき合併症
    • 濾過胞の閉塞:瘢痕はんこん形成による。
    • 濾過胞ろかほう関連感染症:遅発性眼内炎ちはつせいがんないえんなど。
    • 白内障:術後の炎症や眼圧変動が原因となることがあります。

術後の注意点

術後の注意点として、患者には以下の事項を伝える必要があります。

  • 生活指導
    • 感染を防ぐために清潔な環境を維持し、点眼治療を欠かさず行う事を勧めます。
  • 症状の観察
    • 視力低下や眼痛、充血といった異常が現れた場合は速やかに受診するよう伝えます。
  • 定期的な受診
    • 長期的な眼圧管理や視神経機能の評価を続けるために、定期的な受診が必要です。

まとめ

繊維柱帯切除術は、点眼薬やレーザー治療ではコントロールできない緑内障患者にとって重要な治療手段です。その成功には適切な適応判断、精密な手術技術、そして術後の徹底した管理が不可欠です。術後の合併症を予防しつつ、患者の視力と生活の質を守るためには、医師と患者の密な連携が必要です。緑内障治療の最終目標である視野の保存を達成するために、繊維柱帯切除術の役割は引き続き重要であり続けると思われます。


参考文献

  1. European Glaucoma Society. Terminology and Guidelines for Glaucoma, 5th Edition.
  2. American Academy of Ophthalmology. Preferred Practice Pattern: Primary Open-Angle Glaucoma.
  3. Gedde SJ, et al. “The Tube Versus Trabeculectomy Study.” American Journal of Ophthalmology, 2012.
  4. Cairns JE. “Trabeculectomy: Preliminary Report of a New Method.” American Journal of Ophthalmology, 1968.
  5. 日本緑内障学会. 緑内障治療ガイドライン.
  6. Bruce Shields M. “Textbook of Glaucoma.”